銀星亭~Villa d'Etoile en argent~

題詠blog2009観賞 第3回「助」




003:助(月下燕) (a swallow under the moonlight)
助走だと思っているからだめなんだ突き抜けるほどのキスをしてやる


 ☆力強い意志の表明、若々しさ、勢い、挑戦、そういった(正負でいうところの)“正”の感情に満ちた作品。《挑む姿勢》を示している一首です。



003助(久哲) (久哲の適当緑化計画。)
背の低い助産婦歩く道筋の冬の桜の身の内の朱


 ☆『背の低い助産婦』『冬の桜』と厳然とした冬の光景が描写される中、卒然と示される意志を秘めた木の中の『朱』。灰色の世界の中にそれは鮮やかに立ち現れてきます。心象的でありながら映画的な印象を与えています。『シンドラーのリスト』を彷彿とさせる一首です。



003:助(五十嵐きよみ) (NOMA-IGAオペラ日記)
見るからに一癖ありげなまなざしの助演女優のほうに引かれる


 ☆あるある。そういうことってありますよね。ところで女優ではありませんが、フィギュアスケートの鈴木明子さん好きです。眼力。



003:助(本田あや) (明晃晃)
助けにはならないのです 泣き顔にくりかえされる口づけなんか


 ☆リズム感の上で言えば、『ならないのです泣き顔に』と繋げて読むのでしょうが、ここは『ならないのです』で厳然と切って読みたい。空白というか、空虚な沈黙をそこにフッと挿入することで、読者に(何かな…? 何が「助けにはならない」のかな…?)と考えさせる効果を生むでしょう。その空隙に、下三句が流れ落ちてきます。倒置法の勝利です。



003:助(みずたまり) (劣等性な優等生の本音)
 谺さえしない言葉が結露する 助けてなんて二度と言わない


 ☆非常に冷ややかで密閉感のある匣のような閉じた世界がそこにあります。匣の中に詰まっているのは反響さえしない絶望のみ。しかしその言葉が結露するということは箱の内と外との温度差を感得しているということで、全きの没交渉ということではないのでしょうか。下二句の台詞は自分自身に向けてのものなのでしょうか。それとも匣の外にいる誰かに向けて放たれた、届かない言葉なのでしょうか。幾重にも解釈できる一首です。



003:助(こうめ) (はこにわ相聞歌)
助手席に限られたキス 悲しみは夜景となりて君が背照らす


 ☆大手を振って明らかにできない恋というものがこの世にはあります。助手席を降りて、つまり車から降りた常の世には存在できない恋なのです。悲しい口付け。でもだからといってどうしようもない想いがあるのです。恋は乞い。狂おしいほどに人を乞う想いがからみあうとき、そこに悲喜劇も生まれます。



003:助(原 梓) (題詠blog百首を走る。β)
亡き祖父の火葬が終るまでの間に食みし助六寿司の甘さよ


 ☆しみじみ、という表現が相応しい一首です。この助六のお稲荷さんは甘い方がいい。甘くべたべたしたような田舎寿司のほうがいっそうしみじみと叙情を伝えます。



003:助(祥) (月宿り星宿り-つきやどり ほしやどり-)
 進めない戻れもしない助走路に丸まって泣くアルマジロの夜


 ☆アルマジロ、泣くでしょうね。目に浮かびます。やはりここでは泣くのはアルマジロでなくてはいけないでしょう。ヤマアラシとかカモノハシではだめなんでしょうなあ。しっとりと濡れたウロコが目に浮かびます。個人的には月は出ていたほうがいいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。



003:助(vanishe) (場所)
助けなどいらぬといひし友のこえ雪はらとほく雪のつもりつ


 ☆雪原は何もかも白に埋められている世界ですから、時間軸・地理軸といった世界要素から切断された異質の空間です。しかもそれでいて全ての罪から解除された清浄な時空がそこにあります。だからそこに足を踏み入れた時われわれは、あたかも時が止まったかのような錯覚を感じるのです。和漢朗詠集の最終部『白の部』の最終収録歌、『しらじらし白けたる夜の月かげに雪ふみわけて梅の花折る 藤原公任』、これは白の美で統一された雪月花の世界に足を踏み入れた公任の危うい心模様が透けてみえる名歌です。これに対してvanisheさんの作品では『友のこえ』すなわち音声要素が白の世界に加わりました。ですあkらじつはこの歌の主役は視覚ではなく聴覚なのです。これがこの歌の新鮮さを支えています。



003:助(なゆら) (リッスン・トゥ・ハー)
血を洗い非常階段降りながら冷めたたいやきかじる助産婦


 ☆この歌の存在のリアリティを支えているのは、やはり『冷めたたいやき』 でしょう。そこへ接続してゆく『非常階段』『血』というキーワードも極めて効果的に配置されています。季節は冬でしょうか。叙景、叙事に属する歌でありながら、抜群の存在感を示しています。圧倒的な描写力の勝利です。体言止めで締めくくったのも歌全体を締める効果があると思います。
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by yoizukisaene | 2010-01-05 14:57 | 題詠blog2009 | Comments(0)
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静岡在住の歌人です。日々詠んだ歌を載せています。
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管理人プロフィール
《生まれも育ちも》
1984年、静岡県富士宮市生。
2006年3月、熊本大学文学部文学科日本語日本文学分野卒業。現在、静岡県在住。
2006年「短歌研究」誌掲載。
2009年「平成万葉集」(読売新聞社)入集。
2012年 歌集「高天原ドロップス」(文芸社)上梓。

《専門と専攻》
専門:日本古典文学(平安朝和歌文学)
専攻:「古今和歌集」とその表現

《師弟関係》
師事 安永蕗子
弟子 小海碧架
    まみ


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