銀星亭~Villa d'Etoile en argent~

「高天原ドロップス」について(あとがきより)

「高天原ドロップス」について


 私が最初に歌を作ったのは、高校生の時でした。
 その時以来、歌は常に私のかたわらにありました。

 歌というのは不思議なもので、ひょいひょいっとすぐに十首、二十首作れてしまう時もあれば、一方でなぜか全然歌が作れないときもあるのです。そんな時私も、自分には歌なんて作れないのだろうか、あるいは、やはりもともと向いていなかったのだろうか、などと一丁前に悩んだりするわけです。
 悩んでも歌が生まれてくるわけでもないので、仕方なく無理矢理歌を作ります。でもそうやって力づくで作った歌は、やっぱり出来が良くないのです。

 大学時代に薫陶を受けたわが師・安永蕗子先生は、
 ある歌会の時にこうおっしゃいました。


  歌を詠もうとしてはいけない。
  歌でなければならない。


 誰かに認められたいとか称賛されたいとか、そういった気持ちが、私のどこかにあったのだと思います。
 安永先生はそれをたちまち見抜き、野心にはやる若者をそれとなく戒められたのでしょう。

 誰かに気に入られようとか、誰かに褒められようとか、誰かにおもねろうとか、そういう気持ちがあった時、それは歌に現れ、それが歌を殺すのだと思います。
 
 無理矢理、歌を作ろうとしてはいけない。詠み上げた時におのずと歌になっていなければだめだ…。先生がおっしゃりたかった事はそのようなことではなかったかと思います。

 良い歌を作りたい、そういう気持ちは今も昔も、私の中にあるのだと思います。
 しかしそのようなことがあってから、少しずつですが、肩の力を抜いて歌と向かい合うことが出来るようになってきたように思います。


 「高天原ドロップス」は、私が十八歳から二十七歳までの約十年間に詠んだ歌の中から三百首あまりを選んで歌集にしたものです。
 実際に体験したこと、空想したこと、夢に見た光景、そのすべてが私にとっての「世界」です。
 と同時に、この世界は、美しい像を結んだその一瞬の後には跡形もなく消え去ってしまう、はかなく頼りないものです。でも私はそれを歌に詠むことで、その一瞬をつなぎとめておけるような気がするのです。

 私にとって、「歌を作ること」とは、自分の生きるこの世界と、より良く関わっていくことです。この生の時間のかけがえのなさを実感させてくれる大切な営みです。


 ありがたいことに、歌は、今日も私のそばにいてくれます。


 この本を手に取って下さった全てのみなさんに、心からの感謝の意をこめて。 


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by yoizukisaene | 2014-08-01 10:00 | 今日のなんでも | Comments(0)
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静岡在住の歌人です。日々詠んだ歌を載せています。
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管理人プロフィール
《生まれも育ちも》
1984年、静岡県富士宮市生。
2006年3月、熊本大学文学部文学科日本語日本文学分野卒業。現在、静岡県在住。
2006年「短歌研究」誌掲載。
2009年「平成万葉集」(読売新聞社)入集。
2012年 歌集「高天原ドロップス」(文芸社)上梓。

《専門と専攻》
専門:日本古典文学(平安朝和歌文学)
専攻:「古今和歌集」とその表現

《師弟関係》
師事 安永蕗子
弟子 小海碧架
    まみ


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