銀星亭~Villa d'Etoile en argent~

カテゴリ:題詠blog2009( 86 )

078:指紋(宵月冴音)

犯罪の証に指紋残すからばれないように気をつけるのよ
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by yoizukisaene | 2010-11-28 18:06 | 題詠blog2009 | Comments(0)

題詠blog2009観賞 第3回「助」




003:助(月下燕) (a swallow under the moonlight)
助走だと思っているからだめなんだ突き抜けるほどのキスをしてやる


 ☆力強い意志の表明、若々しさ、勢い、挑戦、そういった(正負でいうところの)“正”の感情に満ちた作品。《挑む姿勢》を示している一首です。



003助(久哲) (久哲の適当緑化計画。)
背の低い助産婦歩く道筋の冬の桜の身の内の朱


 ☆『背の低い助産婦』『冬の桜』と厳然とした冬の光景が描写される中、卒然と示される意志を秘めた木の中の『朱』。灰色の世界の中にそれは鮮やかに立ち現れてきます。心象的でありながら映画的な印象を与えています。『シンドラーのリスト』を彷彿とさせる一首です。



003:助(五十嵐きよみ) (NOMA-IGAオペラ日記)
見るからに一癖ありげなまなざしの助演女優のほうに引かれる


 ☆あるある。そういうことってありますよね。ところで女優ではありませんが、フィギュアスケートの鈴木明子さん好きです。眼力。



003:助(本田あや) (明晃晃)
助けにはならないのです 泣き顔にくりかえされる口づけなんか


 ☆リズム感の上で言えば、『ならないのです泣き顔に』と繋げて読むのでしょうが、ここは『ならないのです』で厳然と切って読みたい。空白というか、空虚な沈黙をそこにフッと挿入することで、読者に(何かな…? 何が「助けにはならない」のかな…?)と考えさせる効果を生むでしょう。その空隙に、下三句が流れ落ちてきます。倒置法の勝利です。



003:助(みずたまり) (劣等性な優等生の本音)
 谺さえしない言葉が結露する 助けてなんて二度と言わない


 ☆非常に冷ややかで密閉感のある匣のような閉じた世界がそこにあります。匣の中に詰まっているのは反響さえしない絶望のみ。しかしその言葉が結露するということは箱の内と外との温度差を感得しているということで、全きの没交渉ということではないのでしょうか。下二句の台詞は自分自身に向けてのものなのでしょうか。それとも匣の外にいる誰かに向けて放たれた、届かない言葉なのでしょうか。幾重にも解釈できる一首です。



003:助(こうめ) (はこにわ相聞歌)
助手席に限られたキス 悲しみは夜景となりて君が背照らす


 ☆大手を振って明らかにできない恋というものがこの世にはあります。助手席を降りて、つまり車から降りた常の世には存在できない恋なのです。悲しい口付け。でもだからといってどうしようもない想いがあるのです。恋は乞い。狂おしいほどに人を乞う想いがからみあうとき、そこに悲喜劇も生まれます。



003:助(原 梓) (題詠blog百首を走る。β)
亡き祖父の火葬が終るまでの間に食みし助六寿司の甘さよ


 ☆しみじみ、という表現が相応しい一首です。この助六のお稲荷さんは甘い方がいい。甘くべたべたしたような田舎寿司のほうがいっそうしみじみと叙情を伝えます。



003:助(祥) (月宿り星宿り-つきやどり ほしやどり-)
 進めない戻れもしない助走路に丸まって泣くアルマジロの夜


 ☆アルマジロ、泣くでしょうね。目に浮かびます。やはりここでは泣くのはアルマジロでなくてはいけないでしょう。ヤマアラシとかカモノハシではだめなんでしょうなあ。しっとりと濡れたウロコが目に浮かびます。個人的には月は出ていたほうがいいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。



003:助(vanishe) (場所)
助けなどいらぬといひし友のこえ雪はらとほく雪のつもりつ


 ☆雪原は何もかも白に埋められている世界ですから、時間軸・地理軸といった世界要素から切断された異質の空間です。しかもそれでいて全ての罪から解除された清浄な時空がそこにあります。だからそこに足を踏み入れた時われわれは、あたかも時が止まったかのような錯覚を感じるのです。和漢朗詠集の最終部『白の部』の最終収録歌、『しらじらし白けたる夜の月かげに雪ふみわけて梅の花折る 藤原公任』、これは白の美で統一された雪月花の世界に足を踏み入れた公任の危うい心模様が透けてみえる名歌です。これに対してvanisheさんの作品では『友のこえ』すなわち音声要素が白の世界に加わりました。ですあkらじつはこの歌の主役は視覚ではなく聴覚なのです。これがこの歌の新鮮さを支えています。



003:助(なゆら) (リッスン・トゥ・ハー)
血を洗い非常階段降りながら冷めたたいやきかじる助産婦


 ☆この歌の存在のリアリティを支えているのは、やはり『冷めたたいやき』 でしょう。そこへ接続してゆく『非常階段』『血』というキーワードも極めて効果的に配置されています。季節は冬でしょうか。叙景、叙事に属する歌でありながら、抜群の存在感を示しています。圧倒的な描写力の勝利です。体言止めで締めくくったのも歌全体を締める効果があると思います。
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by yoizukisaene | 2010-01-05 14:57 | 題詠blog2009 | Comments(0)

題詠blog2009観賞 第2回「一日」



002:一日(鹿男) (もえないゴミ箱)
君なんていなくったって大丈夫一日がやや長くなるだけ


 ☆一読すると、明るくさらっと歌っている上の句に対して、下の句ではやや日が陰ったような印象を与えます。再読すると、下の句の一言一言が自己主張を始めます。
 「一日が」「やや」「長く」「なる」「だけ」。一言一言かみしめて読みたい下の句。そこに込められた喪失感と現実への直面性が、上の句の軽やかさにリアリティの生命を通わせます。



002:一日(繭) (みついろ)
好きということばねだれずくびかしげからだかさねた一月一日


 ☆「ことば」「くび」「かしげ」「からだ」「かさねた」とカ行音が要所要所に用いられ、全体的に乾燥した雰囲気の歌になっています。からだを重ねるという行為は潤いや湿度を感じさせる営みですが、この歌からはそういった気配や匂いは感じ取ることができません。「好き」という言葉が存在しないセックスは潤いをもたらすものではなく、より渇きが強まるだけなのかもしれません。
 結句の「一月一日」は端正な印象を与えます。が、それゆえに背徳的でもあります。改まった新年の初めに心と体が一致しないという不和を自覚させる構造的な歌です。



002:一日(英田柚有子) (阿呆船)
あたたかい手のひらだった ありえないくらい短い一日だった


 ☆過去回想の表現形を重ねることで、薄絹のようにはかない、しかし日だまりのようにあたたかかった記憶がリフレインしてくる。シンプルな言葉で語られているだけに、作者の心情が読み手に切実にとどいてきます。



002:一日 (斉藤そよ) (photover)
すばらしい一日でした オリオン座? はかりしれない憂いのうえに (2009.02.03)


 ☆この歌でまず印象に残ったのは「はかりしれない憂いのうえに」という下二句でした。どんな憂いのことなんだろう。先が見えない、それこそはかりしれない、暗雲曇として晴れない憂い、しかしその上にオリオンは確かに輝いていたんですね。歌全体としてはやはり下二句が主導権を握るのでしょうが、オリオンを境にしてちょうど明と暗が等分されている。観念的かつ絵画的な歌です。



002:一日(詠時) (短歌の花道)
花の名を一つ憶えて埋めていく今日の一日(ひとひ)の心の傷を


 ☆これはすてきですね!どんな花なのかな。傷ついた心によりそってくれるような、けなげで清らかな花なのでしょうか。音韻的にもバランスの良い構成になっているのではないでしょうか。



[うたう]002:一日(しろうずいずみ) (花と石ころ)
一日のおわりは近し すみやかにこの世界からログアウトせよ


 ☆普通ログアウトするにはログインしないといけませんよね。意識的な「ログイン」を必要とする世界ってなんでしょうか。「この世界」というのが私たちが通常活動している昼間の世界だとすれば、そこに入っていく時に意識的な「ログイン」を必要とするような人がこの歌の主人公なのでしょう。《現実世界》からログアウトした後にこそ、自分にとっての本当の世界が広がっている。現代を象徴するような歌です。



002:一日(片秀) (うつしよはゆめ よるのゆめこそまこと)
薄着して身軽になった四月一日(わたぬき)に君が嫌いと嘘をつこうか


 ☆軽快です。「わたぬき」という読ませ方にも成功している好例といえるでしょう。明るくさらっと、思い人への愛情を歌いあげたさわやかな春の歌です。



002:一日(たかし) (象の鼻)
 紙袋一日雨に濡れ続けやがて崩れる春のカタチに

 ☆やわらかな針降るような春雨に濡れた紙袋がやがて形を崩したと言っているわけですが、雨に濡れるという一般的には不快なはずの事象が、この歌ではちっとも不快な印象を与えません。
 雨さえも、それが春のものならば許してしまえる私たちの心模様をあらわしているようです。



002:一日(続木ミオ) (文庫箱)
「血と肉はうごいているの?ジシュテキに?一日人間ドッグでわかる?」


 ☆これはおもしろい歌です。もっともグッとくるのはやはり第三句の『ジシュテキニ?』ですよね。おもしろい視点と表現の勝利です。
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by yoizukisaene | 2009-12-24 13:45 | 題詠blog2009 | Comments(0)

題詠blog2009観賞 第1回 「笑」


001:笑(我妻俊樹) (半ドア)
憫笑のくちのかたちで死んでいる犬を跨いでゆく橋まつり


 ☆何ともリアリティのある質感に満ちた作品です。動かない犬とは関係なく開催されてゆく祭りのはなやいだ軽佻浮薄ぶりが絶妙な対比をなしています。生と死の「死」の側にこそリアリティがあることを思い出させてくれる1首です。



001:笑(天野ねい) (三十一文字の毒薬)
こんなとき君ならなんて言うのかな 僕は笑っているだけだった


 ☆ことばが出てこない、そういう体験を何度かしてきました。わたしたちは、人生の節目節目にこういったイベントを経験するのだと思います。



001:笑(加藤サイ) (啖呵きって頂戴)
それもいい あたしが泣いて絶対に誰かが笑うシステムならば


 ☆「絶対に」、というところに作者の冷静な観察眼と、他者の幸福への希求が感じられます。私たちはその代価が保障されるのならば、おそらくは喜んで他者のために泣き、また死をもいとわないはずです。絶対者としての神を持たない私たちが他者の幸福を祈ることはたいへん難しいことです。



001:笑(ちっぴっぴ) (うたよみブログ)
火葬場で何も知らずにはしゃいでる子らの姿に泣き笑う春


 ☆春のあたたかな空気の中で桜が散っています。いまひとりの人を送る弔いの場で、死をまだ理解せずはしゃぐ子どもたちの生の存在は、一見圧倒的な存在です。
しかし人間にとって逃れ得ない『死』と比較したときにそれは、このよろこびも絶対的なものではないなと、すぐに相対化されます。私たちの根底にある無常観の流れの中で、桜だけが変わらず散り続けていきます。



001:笑(やすたけまり) (すぎな野原をあるいてゆけば)
真夜中の電子辞書から呼びだせばうたってくれる笑いかわせみ


 ☆ワライカワセミすてきです。真夜中の電子辞書と言う設定もいい。真夜中には必ず何かが起きます。



001:笑(佐藤羽美) (hinautamemo)
挨拶をしましょう互いの湖がこぼれぬように微笑みながら


 ☆ひとはだれも自分のなかに水をたたえています。大人ともなればそれは湖と呼んでも差し支えないほどになっているでしょう。ひとは、かなしいから、笑って挨拶をします。こぼれた水はもう元に戻らないということを、みんなが知っているから。



001:笑(つばめ) (ツバメタンカ)
「あざ笑うべき人々」を報道しジャーナリズムはこの春に死す


 ☆糾弾されるべき人々を糾弾するはずのジャーナリズム自体が腐敗しあるいは機能不全に陥っているのではないか、という鋭い指摘。それにしてもやっぱりジャーナリズムが死ぬのは夏でも秋でも冬でもなくて、春でなくてはならない気がしますね。



001:笑(田中彼方) (簡単短歌「題詠だ」)
チェシャ猫の笑顔でメール読みながら、僕の前から消えてゆく君。


 ☆チェシャ猫は不思議の国のアリスに出てくる猫。すごい顔で笑います。ただチェシャ地方は酪農が盛んで、乳製品(バター、チーズなど)も豊富で、当然猫もゴキゲンである、というような話もあり、嫌味な笑いではないのかもしれません。ただし確立されたキャラクターを用いて「~のように」という直喩を実施することで、下の句にける消失感がよりいっそう際立ってくる効果を生んでいます。



001:笑(こばと) (一生インドア派)
どうやって笑っていたの本物の君を前にし携帯閉じる


 ☆長年付き合ってきた友人でも実は私はあいつのこと全然知らなかったんだなあ、と思わされることがあります。親子や恋人でもそういうことってありますよね。「本物の」誰かを目にすることの衝撃は大きいです。



001:笑(yui) (Romantic irony)
カーテンを開ければ部屋にたくさんの笑顔の残像透かす夕焼け


 ☆この歌の主役は「大切な人が去った」あとの「何もない部屋」でしょう。そこにたしかに笑顔はあるのですが、しかしそれはあくまでも「残像」なのです。人の営みとはかかわりなくさしこんでくる夕焼けはあくまでも清浄です。透明感のある美しい歌です。
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by yoizukisaene | 2009-12-22 15:35 | 題詠blog2009 | Comments(0)

題詠blog2009観賞サイトはじめます。

◇ルール◇

・1つのお題から5~10首を選歌。
・基準はよいづきの好きな歌。

・ご意見、ご感想お待ちしています。

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by yoizukisaene | 2009-12-22 14:44 | 題詠blog2009 | Comments(0)

100:好(宵月冴音)

 
好きになった人を待ちます日曜日シロツメクサの咲く公園で
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by yoizukisaene | 2009-12-22 14:39 | 題詠blog2009 | Comments(0)

099:戻(宵月冴音)


 
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by yoizukisaene | 2009-12-22 14:39 | 題詠blog2009 | Comments(0)

098:電気(宵月冴音) 


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by yoizukisaene | 2009-12-22 14:38 | 題詠blog2009 | Comments(0)

097:断(宵月冴音) 


断熱材完備の壁のごときその愛に守られ窒息してた
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by yoizukisaene | 2009-12-22 14:38 | 題詠blog2009 | Comments(0)

096:マイナス(宵月冴音)


 「『マイナス』という存在を信じてもいいの?」とかいう生徒だったね
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by yoizukisaene | 2009-12-22 14:38 | 題詠blog2009 | Comments(0)



静岡在住の歌人です。日々詠んだ歌を載せています。
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管理人プロフィール
《生まれも育ちも》
1984年、静岡県富士宮市生。
2006年3月、熊本大学文学部文学科日本語日本文学分野卒業。現在、静岡県在住。
2006年「短歌研究」誌掲載。
2009年「平成万葉集」(読売新聞社)入集。
2012年 歌集「高天原ドロップス」(文芸社)上梓。

《専門と専攻》
専門:日本古典文学(平安朝和歌文学)
専攻:「古今和歌集」とその表現

《師弟関係》
師事 安永蕗子
弟子 小海碧架
    まみ


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