銀星亭~Villa d'Etoile en argent~

<   2015年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

喜屋武岬にて鎮魂を祈る


琉球の喜屋武の岬に来てみれば
ただ波音のするばかりなり
[PR]
by yoizukisaene | 2015-09-24 08:32 | 今日の歌 | Comments(1)

夏公演 「修学旅行」 を終えて(3)

 3回目の今回は、登場人物についてふれておきたい。

 主人公、ヒカルは班長でこの部屋の取りまとめ役。
 なんとか盛り上げようと一生懸命だが空回り。
 昼間の班別行動では道を間違え、集合時間に遅れて夜の外出がなくなるという
失敗もやらかしている。
 一生懸命で基本「いいひと」なので、憎めないキャラクターである。

 しかし劇中ではそんな「いいひと」ヒカルの無力さも示される。

 仲間同士のいさかいを収めようと間に入るが、ヒカルに力がないため、
 お互いの言い分を伝えるだけのメッセンジャーガールになってしまい、
 部屋の中の紛争は解決できない。

 誰も傷つけたくないし、もちろん自分だって傷つきたくない。
 きっと、だれだってそうだ。でもそれはとても難しいことなのだ。

 結局、ヒカルは同じ部屋の女子から、
 「そういう態度が一番腹立つ」と言われてしまう。


 「ごめんなさい・・・」


 うつむきながらつぶやくヒカル。

 私はここに戦後の日本の姿を見る。

 
 軍事力を放棄し、ひたすら平和外交に徹してきた、「優等生」日本。

 あらそいごとはよくないよ、けんかはよそうよ、と、
 国際社会に向かって訴え続けてきた日本。
 それはきっと、「いいこと」だったんだろう。

 でも、みんなにいい顔してきた結果、
 みんなから相手にされなくなることっていうのがあるのかもしれない。


 劇のクライマックスでヒカルは叫ぶ。


 「世界の中心でひとりぼっち!!」


 ヒカルに足りなかったものは何だったのだろうか。
 私たちは私たち自身のこととして考えさせられる。


 物語終盤、荒廃した部屋の中で呆然とするメンバーが残される。


 「わたしたち、これからどうしよう」とつぶやくノミヤに対し、ヒカルは答える。


 「大丈夫。明日があるよ。」


 私はここに、夜明けを、明日の希望を確信する、ヒカルの姿を見る。
 それはまさしく日本の姿である。

 東の水平線がひかるとき、この混迷した部屋にも夜明けがくる。


 やはり夜明けは、日出づる処の国からはじまるものなのだ。

 
 願わくはヒカル(日本)が、この部屋(世界)に、
 希望のヒカリをもたらすような存在になることを祈りたい。


 でもきっとそれは、いっしょうけんめい考えたり、悩んだり、対話したり、
 行動したりする中から、その可能性が見えてくるものなのだろう。


 ヒカルたちはこの「修学旅行」を通じて、きっといろいろと考えてくれたに違いない。
[PR]
by yoizukisaene | 2015-09-09 10:12 | さえね先生 | Comments(0)

夏公演 「修学旅行」 を終えて(2)

畑澤聖吾「修学旅行」は、きわめて巧妙な舞台構造を持つ、完成度の高い戯曲である。


せっかくの沖縄修学旅行だというのに、舞台は最初から最後まで宿泊先の旅館(ホテル)の一室である。青い海も、白い砂浜も、そこにはない。
部屋の中で部屋の住人たる女子5人グループが対話を繰り広げる形式で芝居は進む。

修学旅行の夜と言えば、部屋の移動は禁止だったり、夜中に出歩いてはいけないなど、いろいろなルールがあるのが常である。消灯時間だって、本当は決まっている。

しかし、部屋の中だけは先生もめったに入ってこない、生徒だけの世界なのだ。
この中で、生徒たちは恋バナに花を咲かせたり、盛り上がって自由に過ごす。消灯時間だって、明かりが外に漏れなければ大丈夫。遅くまでおしゃべりしていても、声が漏れなければ大丈夫。生徒だけの、治外法権の空間。

ここで巧妙なのは、部屋の出入りが完全にゼロにはならないという点だ。ときどき先生が見回りに来たり、窓を伝って男子が遊びに来たりといった変化がある。
これが物語世界の閉塞性を打破し、物語に躍動感を与えている。
平田オリザのいうところのセミパブリック空間が自然に実現されているのだ。

畑澤はまず、そういった世界、巧妙な舞台装置を用意して見せた。
ここがまず、優れているところである。
[PR]
by yoizukisaene | 2015-09-08 16:02 | さえね先生 | Comments(0)

夏公演 「修学旅行」 を終えて(1)

c0103551_8473590.jpg


演劇部 夏公演が終わった。


雨の中、多くのお客様に来ていただき、満席で立ち見も出るありさまだった。
ありがたいことだ。


今回は、高校1年生を主体に、中学生も前面に出しての舞台だった。


夏公演は、本校演劇部としては初めての試みであると共に、大会をにらんだ布石、つまり急速な部員の成長を期しての野心的な挑戦であったといえる。


6月の文化祭が終わってから上演までの練習期間は約6週間。

その間に定期試験が入る。夏の講座が入る。学校行事が入る。夏休みも入る。御殿場合宿(夏季演劇講習会)もある。いつものことながら、時間との闘いだった。


役者たちの演技の錬成以上に、裏方・制作・マネジメント部門の苦労が多かった。しかしそれも、いや、それこそが今後の大会運営や3月の自主公演に向けた、彼ら自身の糧となるだろう。


苦心し、苦労し、汗と涙を流したことが、今後の血となり肉となる。


彼らは傷だらけになりながら、また一つ階段を上ってくれたはずである。


私はそう確信している。



暑い夏は終わった。


これから大会に向けた、彼らの熱い季節がはじまるのだ。


高校演劇の、最も熱い季節―秋は、もう始まっている。



夏休みに比べて少しだけ高くなった空を見ながら、私はそう考えた。
[PR]
by yoizukisaene | 2015-09-07 08:40 | さえね先生 | Comments(0)

ゆく夏のうた

ゆく夏の今日はやっぱり暑い日に着飾る女はみなうつくしい
[PR]
by yoizukisaene | 2015-09-01 08:31 | 今日の歌 | Comments(0)



静岡在住の歌人です。日々詠んだ歌を載せています。
カテゴリ
以前の記事
お気に入りブログ
最新のコメント
人生は一日一日の積み重ね..
by 通りすがりの名無し at 01:28
お悔やみ申し上げます。 ..
by yoizukisaene at 15:31
馬鈴薯の花摘みながら 振..
by 通りすがりの名無し at 00:28
小さい鍋でつくる味噌汁、..
by yoizukisaene at 07:12
4月。新年を迎えたような..
by 通りすがりの名無し at 01:42
ご来場いただきありがとう..
by yoizukisaene at 18:12
学校という場所にいること..
by yoizukisaene at 19:29
卒業生のみなさん 卒業..
by 通りすがりの名無し at 06:21
ありがとうございます。1..
by yoizukisaene at 16:11
お久しぶりです!通りすが..
by 久しぶりの名無し at 15:20
管理人プロフィール
《生まれも育ちも》
1984年、静岡県富士宮市生。
2006年3月、熊本大学文学部文学科日本語日本文学分野卒業。現在、静岡県在住。
2006年「短歌研究」誌掲載。
2009年「平成万葉集」(読売新聞社)入集。
2012年 歌集「高天原ドロップス」(文芸社)上梓。

《専門と専攻》
専門:日本古典文学(平安朝和歌文学)
専攻:「古今和歌集」とその表現

《師弟関係》
師事 安永蕗子
弟子 小海碧架
    まみ


《著作一覧》
最新のトラックバック
047:持 より
from 楽歌三昧
佐野北斗さんの歌
from 麦畑(題詠blog用)
検索
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧